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Por la solvo de la problemo de propraj nomoj
固有名詞の扱いについて、とことん考えてみよう

Betululo :KABAYAMA Yusuke (kabajama juusuke) 樺山 裕介


 結論を先に書きます。地名と人名については、エスペラント世界の中では2つずつ持っているのが理想です。ひとつは、社会で必要な「国際郵便用」です。もうひとつは、完全にエスペラントな構造の、対エスペランティスト専用「エス名」です。もちろん、エスペラント世界の外では、そのどちらでもない母国語による名前が、侵されることなく保持されます。

 地名・人名表記は、いまだ混乱中です。それぞれの例については答えは出せませんが、とりあえず、足下から、いろいろ見てみましょう。

 みなさんは、「北海道」を、エス文のなかで、どう書きますか? 日本エスペラント学会への原稿で Hokkaido を使ったら、Hokajdoと直された経験をした人がいました。その人なりの矜持があったので、抗議して直してもらったそうです。Hokajdoとは、見慣れないかも知れませんが、世界的に基準となることが多い辞書PIVに採用されている形です。実は、私はふだんからHokajdoを使っているのですが、みなさんが今、読んでいるこの会誌に投稿すると、Hokkajdoに直されます。Hokkajda Esperanto-Ligoの会誌だからだと思われます。Ainumosir(-i,o,io), Hokaidoを使う人もいるかもしれません。道内では、Hokkajdoを使う人が多いようです。なお、私がHokajdoを使う理由は、PIVに載っていることと、エスペラントが極力、促音(「っ」)を排していることが、外国人に聴き取りが易しいと思うからです。
 PIVには、Hons^uo, Tokio, Jokohamo, Nagojo, Kioto, Osako, Hiros^imo, Nagasakoなどが入っていますが、100万都市である札幌は、なぜか入っていません。Sapporoを使う人が多いですが、一部の辞書にはSaporoが採用されています。しかし、これは促音がない反面、味に関するsaporoという単語が、すでにあります。そこで、私は、個人的には、アイヌ語で「乾いて広い」という意味が通じるSatporoを使うことが多いです。しかしこれは、まだ苦肉の策であって、仮の立場です。
 中国の地名になるとまた大変です。私たちは、なまじ漢字に視覚で依存しているので、アルファベットで書かれると、どこのことやら、わからなくなりがちです。なのにエスペラント表記も、まだ統一されきっておらず、たとえば世界一レベルの人口を抱える巨大都市「重慶」でさえ、PIVではC^ongkingo、VikipedioではC^onc^ingoでした。ピンイン式表記をそのままエス文に使う例も、まだまだ多いのではないでしょうか。北京の人がPekinoを使わないという話を聞いたことがあります。
 世界でも、国名ですら、PIVとMonato, UEAの間に、まだ若干の異同があります。ヨーロッパでは小さな都市名までエス化が進んでいますが、その他の地域は、まだまだです。

 話を人名に移しましょう。日本人エスペラント愛好者の間では、姓が先で名を後ろにするのが、主流です。しかし、家系に従属することを嫌うなどの理由で、名を先にする人もいました。さらには、できれば姓なんか要らないという人もいました。表記法も、訓令式ローマ字、ヘボン式ローマ字、エス式と、人によってばらばらです。

 「固有名詞を変えるな」という抵抗感情があります。「そもそも、固有名詞はエス化しないで欲しい」という人さえ、かなり多いようです。固有名詞を変化させることは、その固有名詞ができるまでの由来なり、歴史なり、アイデンティティなりが詰まっているので、不可侵たるべし、ましてや、語尾変化など、とんでもないと。しかし、エスでも固有名詞無しには、それについての話が成り立ちません。
 
 そもそも、固有名詞は発音からして、不可能だと思ったほうがいいです。ベトナムや中国の地名・人名など、まず無理かも。有声音・無声音だの抑揚の四声・六声だの、「チ」の発音だけでも20種類くらいあるのではないでしょうか。韓国の名前でさえ、練習しないとできません。日本語は比較的、どこの民族でも発音しやすいほうでしょうが、「病院」と「美容院」の区別は外国人には難しいことが多いです。ユウカさんとユカさんは区別できないですね。文字による視覚に限るということですかね。

 エス文を読んでいて、どう発音していいのかわからない固有名詞が出てきて閉口した経験は、誰でもあるでしょう。Waringhenと書いて、ヴァランギャンと読むそうです。エスの歴史での、大功労者の名前です。エスの文献によく出てきます。でも、フランス語を知らんうちらには、読み方なんか、わからんしょやっ。と思ってしまいます。黙って読むだけの、視覚に限るということですね。
 Movado誌では、固有名詞に併記して発音を表記しています。これはいいですね。ローマ字でも、外国人にとって、Yだの、母音aeiouの上に笠をかけたら長く延ばすという規則は、日本語の訓令式ローマ字表記を知る人でないと、発音がわからないでしょう。
 また、非エスの固有名詞が対格の時に、nが付かず、ニュアンスで意味を推測するほかないことがあり、扱いに困ります。

 固有名詞のせめぎ合い、混乱・・・あれれ? 似たような話、どこかで聞いたことないでしょうか?
 
 ここから上の文章の、「固有名詞」を「(民族)言語」に置き換えてみてください。同じ話じゃないですか? 同じ問題を解決するためにエスペラントがあるんじゃないでしたか? 
 中立な言葉を立てることによって、母語が、よその母語とけんかせずにいられるんじゃないですか?
 母語と中立語の2本立てによって、言語のアイデンティティは守られるんじゃないですか?
 そのためにエスペラントがあるんじゃないですか!?
(ブーローニュ宣言、プラハ宣言参照)

 すると、母語による固有名詞と、中立語による固有名詞の、2本立てによって、固有名詞のアイデンティティは守られる!!
(実際は、中間的存在として「国際郵便用」固有名詞が加わるので、3本立てになります。)

 次元が複数なのに、固有名詞はどこでも1本立てだと思い込んでいるから、ありもしない分裂に恐怖するのです。
 
 この考えに至ったヒントは、ひとつには韓国のエスペランティストたちの例です。韓国人の名前は表音文字で書くと何の変哲も無い。そこで、エスペラントの名前を別に付けている人がかなりいたのです。おなじみのところでは、何回も北海道に来たHortensio(アジサイ)ことチェ・ユンヒ(崔允姫)さん。
 他にも、函館のセルゲイ・アニケーエフさんはAnsero、スイスから来たミレーユ・グロジャンさんはMirejoというエス名を持っていました。
 エスペラントの元祖が、そうでした。Lazaro Ludoviko Zamenhofは、エス界を切り開いたとき、Doktoro Esperantoでした。
 また、エス名は、ネット上のチャットでのハンドルネームと比較できるでしょう。
 これらは、karesnomo(あだ名)、pseu~dnomo(偽名)などと呼ばれることもあり、一段と低く見てきましたが、実はこれこそがエスペラント思想の正統的産物ではないか、と思い至りました。むしろエスペラントに合わない、加工されない固有名詞を無理に持ち込むことのほうが、邪道ではないか、と。

 エス名には欠点があります。ひとつは匿名性です。無責任な行為や、やり逃げの温床になりがちです。Idoことボーフロンの陰湿な工作は、偽名の負の面があらわになったものでした。もうひとつは、エス名で手紙を書いても届かないことです。残念ながら、郵便局の人はエスペラントを知りませんから、知っている言葉を使う必要があります。
 そこでエス名を使うときには、国際郵便用名義を併記したうえでなくてはなりません。本人をたぐる手がかりが併記されてなくてはいけません。これは、姓名だろうと名姓だろうと訓令式だろうとヘボン式であろうと、郵便局員さんがわかればいいのですから、本人の主義しだいです。
 逆に、「国際郵便用」名義をそのままエス名として使うのが、現状ではほとんどですが、エスの中にそのような異物を入れることで中立性が失われ、バベルの塔が「固有名詞」という「例外」から再び入って来て、今まで書いてきたような様々な不都合をもたらしているので、エス名を作って2本立てにして併記しようというのが、私の提案です。
 今までは「国際郵便用」を「エス名」にするしかないと思い込んで、どこまで民族語流にとどめるか、それともエス流に近づけるかの引っ張り合いで、主義主張が百出して混乱したのでした。中立語エスペラントの発想を固有名詞に応用すれば、中立空間で使う中立語固有名詞を別に作るしかないって、どうして誰も気づかなかったのかなあ? 愛着があるのにエスに納まらない固有名詞は、隣に並べて書けばいいんですよ。

 (なお、本名と思われている名前が、本名ではないことがありますね。ヨーロッパの王族は、洗礼名をたくさん持っている人が多くいます。たとえばチャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ・マウントバッテン=ウィンザーこと「通称」チャールズ皇太子がそうです。スペイン王室になると洗礼名が20個ぐらいあります。紫式部や清少納言の本名が未だにわからないように、東アジア・東南アジアでは、大切な固有名詞たる本名を禁忌、非公開にすることもあります。少し昔のアイヌ女性でもありました。在日コリアンの多くが本名を隠して生活していることは、言うまでもないでしょう。こうなると4本立て以上まで考えねばなりません。)

 エス名Vulponjoさんの自己紹介です。国際郵便用名義がYAMANO Kituneko, 本名が山乃狐子です。併記の例として考えてみました。

Vulponjo ( YAMANO Kituneko < prononcu c^i tiele : jamano kicuneko ; YAMANO estas mia familia nomo kaj Kituneko estas mia propra nomo> Se vi kurag^e provus skribi japane mian nomon, provu : 山乃狐子.)
pos^tkodo : 0375656
adreso : Japanio/Japan, Hokajdo/Hokkaido, Taisetusan-si, Sikasan-tyo 1-2, Kumasanso 345
retadreso : vulponjoponjo@sakananoko.ne.jp

 固有名詞の一般名詞化に抵抗する人がいますが、やってみると、そんなに悪いことでもありません。
Vulponje, Vulponjeme, Vulponjece : 狐子さん的に、 狐子さん風に、狐子さん流に、 狐子さんぽく、Vulponja, Vulponjema, Vulponjeca : 狐子さん的な、 狐子さん風な、 狐子さん流な、 狐子さんぽい、ああ、いかにも彼女らしいなあ・・・と、
固有名詞ごと形容詞や副詞にするだけで、ずいぶん表現が広がって面白いじゃないですか。これがエスペラントの醍醐味ですよ。
La idoj de Vulponjo preskau~ vulponjig^is. : 狐子さんの子どもたち、ずいぶんお母さんに似てきたなあ。

 地名だってキャラを発揮できます。
Tiu hons^uano jam hokajdumis : あの内地から来た人、すっかり北海道になじんだね。
Satporecon jam subtenas ja supkareo, sed ne dec^ina misoa nudelo, kies kuiristoj fierac^is pro sia famo al mang^antoj kaj kies reputacio tute falis. : 札幌らしさを支えているのは、もはや、名声に溺れ、客をなめきった末に滅び去った味噌味の札幌ラーメンではない。スープカレーである。
Anstatau~e tiam asahikau~igo de la nudelo kun sojsau~ca supo kun fis^aj gustelementoj subtenis la nudelkuirarton de mizerig^inta Satporo. : 一時期は、魚だし醤油味という旭川ラーメンの進出が、落ちぶれた札幌を支えたのだった。
La nova satporismo de junaj nudelkuiristoj konsistas en kosmopolitanismo, kiu lernas el diversaj lokoj ekster la urbo ec^ sen satpora tradicio. : 若いラーメン職人は新たな札幌主義を打ち立てた。札幌の伝統にこだわらず広く学ぶ、地球市民主義だ。
Bongustu hokajdaj^oj ! : どうでもいいから、おいしいもの食べたい!

 固有名詞は、由来なり、歴史なり、アイデンティティなりが詰まっています。しかし同じく一般名詞も、由来なり、歴史なり、アイデンティティが詰まっています。私はアンドレ・シェルピロ「簡潔語源辞典」(Andre' CHERPILLOD "Konciza Etimologia Vortaro")を愛用しています。ルーツが無いと、単語が無味乾燥で、脳にひっかからないからです。固有名詞ではない語根も、生き生きした、固有名詞並みの尊厳があることがわかりました。固有名詞の対象である人、土地と同じように、一般名詞の対象である水、火には、宇宙のなかで悠久の時間のなかで創造された巧みがあります。それぞれに、名付けた発想があります。固有名詞は、一般名詞と同等でいいと思います。

結論@ 固有名詞は、ひとつの対象について、段階によって複数あり、相互に密接な関係を損なわれない。
結論A エスペラント世界では、エス世界の外に密接に関係する「国際郵便用」名義と、エスのアルファベットのみで形成され、エス流の発音のみで発音可能で「o」で終わる、エスペラントでのやりとり専用の「エス名」を併用し、2者の併用を公開する。ただ、その場限りのやりとりにとどまるときは、「エス名」だけで良い。
結論B 「エス名」と、その活用は、他の語根と平等にエスペラントの文法に従う。変則、例外は認めない。その代わり、エスペラントならではの自由をおおいに享受する。
結論C 「エス名」の一人歩きが不都合なときは、国際郵便用、関係言語または母国語による表記、その発音記号、エスに寄る発音解説、通称、愛称、自称、変名、芸名、源氏名、戸籍表記の本名その他、必要な段階の固有名詞を必要に応じて必要なだけ併記する。
結論D 併記された非エス名は、併記の形でしか、エス文に登場できない。非エス名はエス文内で「エス名」の代理はできない。

 以上は、エスペラント世界の住民の人名と、関係する地名についての理想です。中立の場についてブーローニュ宣言とプラハ宣言の理想は満たされそうです。しかし、エスペランティストでない、よそ様の名前を話題にするときはどうしましょう? 勝手にエス名を本人の承諾なしに付けるわけにもいきません。いや、併記した上で、とりあえず付けてしまう手もできるかも。例えば
s-ro HATOYAMA Yukio (hatojama jukio) ---karaj legantoj, mi provizore nomu lin Jukio---Jukio jukie jukias.
いや、この問題は、未解決で持ち越しですね。

 地名については、PIV、国際郵便用、自分が最も好ましいと思う表記のうち、必要なものを併記したうえでの選択でいきたいですね。
私の場合は例えば、
 世界一高い山 Everesto(PIV)=C^omolangmo-Sagarmatoと断っておいて, 以下C^omolangmo-Sagarmato 
 いわゆる新疆ウイグル自治区 S^ing^jango(PIV)=Orienta Turkistanoと断っておいて, 以下Orienta Turkistano
 マオリ語で、白く長い雲のたなびく地 Nov-Zelando(PIV)=Aotearoaoと断っておいて、以下Aotearoao


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